ゲーム

ゲームが暇つぶしの道具とは限らないって話

「ゲームっていうのは暇つぶしのためにあるのであって、その暇つぶしにお金かけているようじゃこの先心配」(^_^)←キラースマイル

という画像をネット上で見たことはあるだろうか?

どこかの頭の良さそうな中学生が街角でゲームについてインタビューされている画像だ。
もはやネタ画像と化しているが、割と深く考えさせられる言動でもある。

まあなんとなく意図はわかるのだが、「ゲーム=暇つぶし」という言い回しがどうしても引っかかったので記事にしたいと思う。

暇つぶし目的でゲームを遊ぶパターン

「なんか今日もすることが無いなー。暇だなー。あ、そうだゲームでもやるか!」

という人は結構いるだろう。
こういう人がゲームを暇つぶしと思う人の大半だろう。

すごい人だとソーシャルゲームのスタミナ回復時間に別のゲームをやり、そこでまたスタミナが尽きると別のゲームをやるというループを器用にこなす人もいる。

ライト層にはちょっとした空き時間にゲームをやりたいから適当なものをインストールするパターンが多い。

そんな人はもはやゲームのジャンルなんてどうでも良いのだ。

ゲームは暇つぶしなのだから、時間を埋めたいがためのゲームなのだ。
というかもはやゲームじゃなくても良いのだ。

ただこういう人は動画や画像のような、絵的に感情を高ぶらせるものに興味を示し、本のような文章メインの媒体を好まない。そして暇つぶしにお金をかけたくないので、基本無料のソーシャルゲームを選ぶ傾向にある。

冒頭の中学生はこのように考察したため、上記のような答えを導いたのだろう。

自分から進んでゲームを遊ぶパターン

ゲームを進んでやる人は、ゲームを暇つぶしとは全く思ってないだろう。

ゲーマーは十中八九このパターンだと思っている。自分もそうだ。

ゲーマー諸君に聞きたいが、暇つぶしではなくゲームがやりたいからやるパターンが多いのではないだろうか?

おそらくこの人達はコンシューマーゲーム側に多いのではないだろうか。
スタミナ制度のソーシャルゲームとは全く違う。時間を確保して遊ぶパターンが多いだろう。

余談だがミュージシャンの加山雄三さんも高齢にもかかわらず、十分な時間を確保してゲームをするというインタビューを見たことがある。

そうなるとコンシューマーゲームプレイヤーとソーシャルゲームプレイヤーは根本的な動機が違うのだと推測出来る。例外はあれど大枠はそうだろう。

まとめ

ゲームを暇つぶしと考える人と進んでゲームをする人は基本的に相容れないと思う。

もちろんこれはゲームに限った話ではない。スポーツでも旅行でもいい。

進んでやるということは暇つぶしとは全く別のものだ。むしろ正反対と言っていいだろう。

前者は能動的で後者は受動的だ。

だから趣味全般を暇つぶしと捉える人と進んでする人は、おそらく分かり合えないだろう。

純粋に、そこに向き合う価値観が違うのだ。

さいごに

暇つぶしに何かをすることを否定するわけではないが、

進んで何かをすることのほうが何倍も面白いと思う。

暇だからどっか行こうかなーと言わずに、何か打ち込めるものを見つけてはどうだろうか。

そこにその人らしさが見えてくると私は思う。

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