趣味を無駄と考えると人生が無駄に行き着く

こんにちは。

趣味は人生を彩ってくれる素晴らしいものです!ただそれに対して、こんなことをして意味があるのか?と考えてしまうこともありませんか?

そう考えてしまうのは非常に危険だなあと思ったので、今回はこれについて書いていこうと思います。

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好きに意味なんてない

誰もが自分の好きなものってありますよね?

ゲームが好きとか旅行が好きとか、食べることが好きすぎてヤバイ!とか。

好きなことというのは自分が直感的に気に入ったものだと僕は思います。直感なので好きになった理由なんてないわけです。

意味を見出そうとしても何も出てこないのが当たり前です!

無駄と考えると人生が無駄に行き着く

ある日、僕はこんなことを考えました。

「趣味は人生に楽しみを与えてくれるけど、特にスキルアップすることがないから無駄じゃね?」

じゃあ何をすれば良いのかと模索したところ、

「何か成長できることをしたほうが良いんじゃね?」

と考えました。ただ成長してどうするのかというところで行き詰まりました。

「俺はなんでこんなことしているのか?」

と先が見えなくなりました。

ならば「他の人は何を楽しんでいるんだ?」と周りを見渡しました。

そこでゲームとか友達と遊んだりとかいろいろ出てくるわけです。

そこでまた、「それは何か成長できるのか?無駄なことじゃないか?」と考えます。すると

「あれ?世の中無駄なことばっかじゃね?人生って何のためにあるんだ?人生って無駄じゃね?」

という思考に終着してしまいました。


僕は大学生のときにこの思考に至って。「じゃあ何すればいいんだ?」と考えました。

そして考えるのをやめました。

なにものにも意味を求めるのは良くない。

純粋に楽しめれば良い。

この考えに行き着きました。

他人と趣味を比べてもどうしようもない

よく人の趣味を馬鹿にする人や、趣味に優劣をつける人がいますが、何をもって良い悪いを判断しているんでしょうか?

人としての倫理を外れていることだったら、まだ分かりますよ。でも人が好きなことを否定したところでなんにもなりません。

読書好きな人に「もっと外で遊ぼうよ!そのほうが楽しいよ!」と言うのはちょっとずれています。優劣なんてないです。

ならば最高の趣味とはなんなのか?ステータスを気にして本当の幸せを逃すのか?

本質を見失わないでください。自分が楽しいと思えることをしましょう。

まとめ

大学生くらいになると物事の本質を理解しようとしたり、分析することが増えてくると思います。
しかしながら、そこに必ず答えがあるとも限らないです。

楽しみや喜びのような感情的なものに対して意味を見出すことは否定しません。
ただ意味に囚われすぎて、目の前のことを楽しめなくなるのは勿体ないことだと思います。

「人生は大いなる暇つぶし」と盛大に開き直って生きてみるのも良いかもしれないですね。